Whirlwind



(原案・設定・構想)
Aileen・kujidon・shima・瑠衣
(拍手構想)  Aileen



プロローグ&第1話 番外編

小さな予感





勢いよく、その店の扉が開いた。
「マスター!!チョコパフェ大盛り!!」
「マヤちゃんじゃないか。いらっしゃい」
ここは、マヤの住まいからほど近い、彼女の行きつけの喫茶店。
温かい人柄のマスターと、とびきり美味しいパフェやケーキに惹かれ、気づけば常連となっていた。

カウンター席の、ほぼ真ん中。

人は無意識にそういった席を避ける。
空席になることの多いその席は、マヤの指定席であった。

いつもの所定位置に座ると、彼女は少し引きつった笑顔をマスターに見せた。
「今日は初出勤の日だったんだろう?どうしたの」
客商売の長いマスターは、特に常連客の表情の機微には聡い。
「ええ・・・まぁ、そうなんだけど・・・」
あからさまに機嫌の悪いマヤの表情に、マスターも苦笑い。
「まぁ、少し待ちなさい」
マスターは手馴れた様子で、通常店で出すより一回りは大きい器にとりどりの具材を並べる。
それを、うっとりとした表情で見つめるマヤ。
生クリームの甘い香りが鼻孔をくすぐり、否が応でも食欲をそそった。
最後に、紅く色付いた可愛いチェリーを頭に乗せ、“マヤちゃんスペシャル”の出来上がり。

「はい、どうぞ」

「わぁ!!美味しそう〜!!いただきま〜す♪」

夢中でパクつくマヤを、目を細めて見つめるマスター。
苦学生だったマヤからは、大盛りであっても通常の値段しか取らなかった。
そして割合高い頻度で“サービス”と称し、お金を受け取らないこともしばしばだった。
勿論、今回はマヤの“就職祝い”である。
お勘定など二の次。
そして実は、ひっそりと、彼女の好物を別に用意していた。
マヤの喜ぶ姿を想像すると、心が温まる。
子供のいない彼にとって、マヤはなんだか手の掛かる、大きな子供のようだった。



そして当のマヤはといえば・・・
パフェを頬張りながら、今日の出来事を頭の中で反芻していた。

そう、速水真澄という教師のことを・・・



確かにカッコよかった。それは認める。
瞬間、見惚れてしまったのは確かなのだから。
だが、その後の態度が赦せない。

(う・・・っ、あたしは確かに童顔よ。背も小さいわ。それは事実よ。でも・・・)

“チビちゃん”と連呼され、あまつさえ抗議も聞き入れない速水。
からかわれる度に、なけなしの自信が揺らいでいくのが分かった。

だけど・・・

一心に動かしていたスプーンを、ふと止める。



講堂の舞台の上。
慌てて抱き起こしてくれた手が、思いもよらず温かかったこと。
額が触れそうなほど、真近で見た、端整な顔立ち。

『チビちゃん、大丈夫か?』

掛けられた言葉は、嘘も誤魔化しもなかった。
本来の彼の優しさを垣間見た気がした。
その時の“チビちゃん”という呼び掛けは、決してイヤではなかった。
思い出すと途端に、ボンと湯気がたったように頬が熱くなった。
だが、次には心の中で大きく否定をしていた。

(ううん、あんな意地悪なひと、初めて会ったわ。きっと性格だって悪い筈よ。騙されないんだから!!)

端的なまでの答えに辿り着くと、マヤは再びスプーンを動かし始めた。





マヤはマスターの前で百面相をしていることにも気づかず、後は必死でパフェを口に運び続ける。
「やれやれ・・・」
その様子に、マスターは大きく溜息を漏らした。
そして小さく、彼女に聞き取れない程の大きさの声で呟いた。
「頑張れよ。マヤちゃん」





マヤ初出勤の日は、こうして暮れていった。
その胸の中に灯った、小さな灯りの意味を知らぬままに・・・





<END>





2006年02月15日   written by Aileen






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