「クリスマスイブの訪問者」


 前編





マヤは紅天女の後継者になると、すぐに上演権を持って大都芸能に所属した。
それは、一年と少し前のこと。
紫の薔薇の人である速水に少しでも恩返しがしたかった。
どれだけ速水が上演権を欲しがっているか、長い付き合いでよくわかっていたから。
だけど、本当の理由は速水との繋がりが欲しかったのだ。


試演の一ヵ月後に結婚するはずだった速水は、婚約を延期したまま今に至っている。
マヤにとって、それは死刑宣告が先延ばしにされただけのこと。
いつか速水は、他の人のものになってしまうという不安を一年以上も抱えて暮らしてきた。
大都に所属してからというもの仕事には恵まれ、速水の計らいで自分のやりたい役を選ぶことが出来る。
舞台を主軸にテレビドラマ、映画と数多くこなし、仕事をしているときだけは忘れることが出来たのだが…。



そんなマヤの前に現れた恋人達のイベント。
大通りではクリスマスイルミネーションの電飾が光り輝き、どこもかしこも店の前にはクリスマスツリーが飾られて、定番のクリスマスソングが流れている。
決して恋人達だけのイベントではないのだが、街中を歩くマヤの目に映るのは幸せそうなカップルの姿ばかり。
そんな中、たった一人四角い箱を抱え家に帰るマヤの姿は寂しげなものだった。


マヤは心の中で悪態をつく。

――どうしてこんな日に、私の仕事は休みなのだろう?
――いっそ仕事をしていれば何も考えなくて済むのに…
――よりによって、12月24日、25日だなんて…

二日も続けて休みを貰ったのは、大都に所属してから初めてのことだった。



重い足取りで家に辿り着いたマヤは、セキュリティの高いマンションを見上げる。
大都に所属する時、安全性を考え慣れ親しんだアパートから引越しするよう勧められそれに応じた。
ここに住んで一年。
麗と離れて一人暮らしを始めた時は、失敗ばかりだった。
そんなマヤも、今では簡単な食事なら作れるようになったし、少しは要領も良くなった。
マヤの部屋はマンションの最上階で、天気が良い日には東京の星空を近くに見ることが出来る。


エレベーターで上まで運ばれたマヤは、ケーキの箱を落とさないように片手でしっかりと持つと鍵を開け中に入った。

「ただいま」

誰もいない部屋だとわかっていても、マヤは毎日帰ってくると口にしていた。
麗と暮らしてきた時からの習慣なのだ。


ケーキが入った箱をテーブルの上にそっと置き、部屋のカーテンを開けベランダの外に出る。
雲ひとつない夜空には、梅の里には遠く及ばないが小さな星達が光り輝いていた。
星空を見るたびに思い出す、速水と過ごした一時。
まだ自分の気持ちに気付いていなかった、あの頃。

――速水さんのことだから、今日は紫織さんとデートしているんだろうな

クリスマスイブなのに、たった一人で過ごす女優も珍しい。
マヤは苦笑する。
実は昨日、イブを一緒に過ごさないかと桜小路から誘われたのだが断った。
桜小路が、なぜ自分を誘うのかわからない。
舞というガールフレンドがいるのに。
それに、クリスマスイブに過ごすなら好きな人とがいいと思っていた。
ただ、マヤにそんな相手は、いなかったのだけれど…。


しばらくジッと夜空を眺めていたら体が冷えてきて、くしゃみが出た。
こんな所を速水に見られたら、小言を言われるに違いない。

「この馬鹿娘。何をやっているんだ! 女優としての自覚が足りない」と。

ふと、そんな声が聞えた気がして、慌てて部屋に入ると暖房をつけた。
部屋の隅には、今年初めて買った小さなクリスマスツリーがある。
街で見た立派なツリーとは比べものにならないけれど、あたしにはこれで充分。
母さんと暮らしていた頃、ずっと憧れていた。
友達の家には、当たり前のようにあったクリスマスツリー。
お菓子の入ったブーツですら買って貰ったことはない。
だけど、いつも小さなショートケーキを一つだけ買ってくれていた。
今ならわかる。
あれが、精一杯の母の気持ちだったことに。


去年のクリスマスイブは、つきかげのメンバーとささやかなクリスマスパーティーをした。
気心が許せるみんなと過ごした時間は、あっという間に過ぎていき朝まで楽しんだ。
今年、麗たちは地方公演で東京には帰ってこない。
マヤは一人で過ごさなければいけない寂しさを紛らわすように、適当に買ってきたチキンやサラダ、シャンパン をテーブルの上に並べた。
一度は買ってみたかった大きなクリスマスケーキ。
定番の生クリームのケーキは、砂糖菓子で出来たサンタクロースとチョコレートの家を囲むように周りにイチゴが並べられている。
マヤは形を崩さないように小さな蝋燭を一つずつ立てる。
部屋の明かりを消し、ささやかなクリスマスパーティーを始めようと、ライターを使って蝋燭に火を点けようとした時だった。

「ピンポーン」

インターホンの音に気付いたマヤは、部屋の電気をつけると訪問者の確認をする。
玄関ホールで暗証番号を入れなければ入ることが出来ないマンションなので、こちらで相手を確認しなければ扉が開くことはない。

――こんな時間に誰だろう?

マヤは首を傾げながら、不思議そうに画面に視線を向ける。
そして、映し出された人の姿を見て固まった。




2006年12月20日   written by 瑠衣



…to be continued





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