「クリスマスイブの訪問者」


 後編





しばらくの間、マヤと速水は言葉を交わすことはなかった。
二人にとって大きな壁となっていたマヤの母のことをようやく正面から向かい合ったのだ。
目の前に立ちはだかっていた壁は崩壊したが、決して消えることのない辛い記憶ではある。
それでも、それぞれの思いを受け止めることが出来るほど二人に時間は流れていた。


そして、最初に静寂を破ったのは速水だった。

「実は、君に渡したい物があるんだ。ちょっと待っていてくれないか?」

「…はい」

速水は一度玄関を出ると、すぐに部屋に戻ってきた。


「これを君に受け取って欲しい」

速水の体をも隠してしまいそうな大きな紫の薔薇の花束。

「は、はやみさん」

マヤの目に次第に涙が溢れ出す。
マヤは、恐る恐る速水の手から大きな花束を受け取った。

「長い間、君に直接この花束を渡すことが夢だった。俺が紫の薔薇の人だ」

夢にまでみた速水の告白にマヤは、花束をそっとリビングのテーブルの上に置くと彼の胸に飛び込んだ。

「速水さん!」

「マヤ!」

マヤは速水の背中に腕をまわし、ギュッと抱きついた。


「好き、大好き、あたしも速水さんが好きなの!」

マヤは速水の腕の中で大きな胸に頭を預けたまま、口に出すことが出来なかった思いを吐き出した。

「マヤ!!」

速水はマヤの告白に驚いたのだろう。
彼は目を見開き、マヤの体を受け止めた腕は僅かに震えていた。

「あたし、ずっと知っていました。あなたが紫の薔薇の人だって。名乗り出てくれたら、あなたの胸に飛び込むつもりだったの。あなたから直接、紫の薔薇を貰うことがあたしの夢だった。嬉しい!!」

すぐに速水はマヤの両肩を優しく掴んで、お互いの顔が見えるように体を離した。

「マヤ。俺が紫の薔薇の人だから好きになったのか? 紫の薔薇の人に恩を感じているからか?」

速水の瞳は迷子の子猫のように頼りなくマヤを見つめていた。

「ううん。あなたへの気持ちに気付いたのは紫の薔薇の人だってわかってからだけど、本当は、ずっと前からあなたのことが気になってた」


マヤはすぐに速水の腕の中に閉じ込められた。
腕の力は次第に強くなり、息が出来なくなりそうなほどだ。
まるで、マヤの存在を確かめるように、離さないと言わんばかりに。
速水に拘束されるなら構わないとマヤは思った。

「…信じられない。君が俺のことをそんな風に思っていてくれたなんて」

「それは…あたしも同じことです」

「じゃあ、確かめてみないか?」

速水はマヤの顎に手をかけ持ち上げた。
端整な顔がゆっくりと近付いてくる。
マヤは受け入れるように目を瞑った。
重なる唇。
愛する人とのキスにマヤの心臓は早くなる。
速水の唇は男性でありながらとても柔らかい。
羽根のように何度も優しく触れる唇をマヤは夢見心地で受け止めた。



「マヤ。今から君は俺の恋人だ。いっしょにクリスマスイブを過ごそう」

「…はい」

マヤは、一人分しか用意していなかったお皿をもう一つ用意する。
クリスマスの料理とケーキが並べられたテーブルを挟んで二人は向かい合った。

「夢のようだ。マヤとイブを過ごすことが出来るなんて」

速水は愛用のライターで一つずつ蝋燭に火を点ける。
ほのかなオレンジ色の明かりが浮かぶと幸せに満ちた速水とマヤの顔を照らす。
部屋の隅には二人を祝福するかのように小さなクリスマスツリーが色とりどりに光り輝いている。


マヤは生まれて初めて幸せなクリスマスイブを愛する人と過ごした。
その夜、二人は自然に結ばれ朝まで愛し合った。

サンタクロースからのプレゼントを確かめるように…。



翌朝、真澄の腕の中でマヤは小さな疑問を解消した。
マヤが教えてもらったこととは。
速水は半年前からクリスマスイブにマヤに告白しようと決めていたこと。
だからマヤの二日間の休暇は速水の指示だったこと。
もし、マヤが速水を受け入れてくれたなら離せないだろうから連休にしたこと。
事実、次の日、速水は会社を休んでマヤのマンションから一歩も出ることはなかった。




2006年12月20日   written by 瑠衣



Fin





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