Whirlwind



(原案・設定・構想
Aileen・kujidon・shima・瑠衣



プロローグ





桜咲き乱れる校庭の片隅で、新任教師の北島マヤは佇んでい
た。
今日は風が少し強い。
咲き誇りながらも、しかしその風によって乱れる桜吹雪の中、肌
寒さを感じ身を竦ませた。
それは・・・“期待”と言う名の武者震いかもしれない。
ドジでのろまな自分が、よくぞ教師になれたものだと、しみじみと
感慨にふけっていた。
幼い頃からの夢であった教師。
何度も挫折しかけ、その度に周りに支えられ、やっとここまで辿り
着いた。
この日の為に何軒もお店を回り、念入りに吟味し購入した黒のス
ーツ。
そのスーツのスカートが、誇らしげに風にひらひらと揺れていた。
なんだか、とてもくすぐったい気分だ。

思い起こせば、教育実習で何度も生徒に間違えられたな・・・

『どうして制服を着てこないんだ!?』
鬼瓦のような顔をした先生に、生徒指導室に引っ張られたことも
あった。
それも、今となってはいい思い出だ。
これからは、この場所から新たな思い出を作っていこう。
可愛い教え子達と共に・・・





「おい、君!!こんなところで何をしているんだ?」
ぼんやりと桜の木を眺めていたマヤの背後から、厳しいがどこか
涼やかな声が聞こえた。
その声に、ゆっくりと振り返ると・・・
濃紺のスーツに身を包み、一分の隙もない男性が立っていた。
桜吹雪の舞い散る風の中、その風景に溶け入りそうな風貌の男
性。
こんな形容は失礼かもしれないが、単純に“キレイ”だと思えた。
見惚れていた、というのが正しいかもしれない。
いつまでも、ぼっ〜として返事のないマヤに業を煮やした男性は、
行き成りマヤの腕を掴んだ
「どうして制服を着ていないんだ?新入生か?」
その一言に、さっきまで頭を過ぎっていた、過去の汚点とも言うべ
き思い出が再び蘇る。
男性の物言いに我に返ったマヤは、瞬間湯沸かし器のように一気
に怒りが込み上げた。
「しっ、失礼ですね。これでもあたしは教師です!!この春からこち
らの学校に赴任してきた!!」
「へ?君は教師なのか?」
「そ・う・で・す!!北島マヤ。担当は国語です!!」
食って掛からんばかりのマヤの表情に、呆気にとられていた男性
は、やがて口元を緩めた。
そしてすかさず、その緩めた唇から大笑いが噴出した。
端整な顔立ちの、この男性には不釣合いかと思われる、まさしく大
爆笑。
お腹を抱え、いったい何がそんなにおかしいのか、途切れること
なく笑い続ける。
「重ね重ね、失礼ですね!!いったい、あなたは誰なんです?」
ほんの少しの間でも、こんな男に見惚れていた自分の迂闊さが
忌々しい。
マヤの勢いに我に返ったかのように、男性はピタリと笑うのを止
めた。
「失敬、確かに失礼だったね。僕は・・・速水真澄。この学園の教
師だ」
「教師?あなたもですか?」
今度はマヤが我に返る番だった。
先輩教師にとんでもないことをやらかしてしまった。
大きな声で、反抗心剥き出しの生意気な態度。
生来の意地っ張りな性格が、まさしく災いとなった決定的瞬間。
怒りで真っ赤になった顔が、今度は真っ青になる。
うなだれた姿に、先程までの勢いのよさは何処かに消え去ってい
た。
情けないことに膝までがくがくしてきた。
「ん?どうしたんだ?」
俯くマヤに長身の速水は腰を屈め、覗き込むと同時に問いかけ
た。
「な、なんでもありません。あ、あたしこそ・・・あの・・・その・・・」
国語教師のわりに、まともな言い訳の一つも思い浮ばない。
ろれつが回らぬマヤの様子に、速水はゆっくりと微笑んだ。
やがて、その大きな手の平でマヤの頭をぽんぽんと叩いた。
「チビちゃん、初日だからって緊張しているのか?心配しなくって
も先生方はみんな優しいよ」
速水のまるで子供に諭すような物言いに、沈静化していた怒りの
炎がゆらりと全身を駆け巡った。
「あ、あたしはチビちゃんじゃありません!!ただ単に、あなたが
大きいだけじゃないですか」
「ぷっ、くくく、そうか、そうかもしれないな。でも基本的に君がチビ
だというのは間違いないと思うがね」
「なんですってぇぇぇぇぇ!!!!!」
「そうだな君の場合、そんなスーツよりセーラー服だな」
「えっ?」
「そのほうが似合いそうだ」
「な、な、な・・・!!」
言いたい放題の速水に、マヤはすでに反論もできずにいた。
ただ口だけをぱくぱくと、金魚みたいに開いたり閉じたりを繰り返し
ていた。
そんなマヤの様子に含み笑いの速水だったが、これ以上地雷を
踏むのは危険だと察知した。
「ははは、紅学園にようこそ。僕は数学担当だ。これからよろしく
頼むよ、北島センセイ」
ふわりとマヤに背を向け、軽く手を振ると速水は校舎のある方向
に歩き出していた。
気が動転し、まともな対応もできないマヤだったが、その後姿に
再びの怒りを思い出した。
「頼まれたりなんかしません!!さようなら!!金輪際さようなら!!」
大きな、と言うよりまるで怒鳴り声での返答。
先輩教師への配慮など、微塵もなかった。
ほんの少し前に“どうしよう”などと考えていた筈なのに・・・
今は、まったくそんな気持ちは吹き飛んでいた。
「“金輪際さようなら”と言っても、君はここの新任教師だろ?僕も
ここの教師」
振り向きもせず、マヤの言葉に答える速水。
「子供みたいな発言は止めた方がいいな。北島センセイ」
最後の一言の後に高笑いを残しながら・・・速水はスタスタと去っ
ていった。
そのスラリとした長身を見送りながら、マヤはギリギリと歯噛みして
いた。





ひらひらと舞い落ちるピンクの桜の花びらが、二人の間に無言で舞
い落ちていく。




最悪の初対面で迎えた春の門出。
これがマヤと速水の出会いであった。





<プロローグ END>





2005年12月07日   written by Aileen






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