Whirlwind



(原案・設定・構想)
Aileen・kujidon・shima・瑠衣
(ネタ元)  kujidon



第1話 始業式





今年で創立30周年を迎える紅学園。
創立者は現学園長・月影千草の父であるが、一時期経営が危ぶまれ人手に渡りそうになっ
た。
その時、学園を救ったのが婿養子となった今は亡き一蓮である。
彼の手腕が窮地に陥った学園を見事に立て直し世間を驚かせた。
月影は学園の理念や教師の指導方針など内容重視の教育を目指していた一蓮の意志を引
き継ぎ守っている。
歴史は浅いが学園の校風や教師の質の良さなどが口コミで広がり、今では年々競争率が鰻
上りで人気の高い学園なのだ。


第30回、紅学園高等部の着任式と始業式が始まった。
理事長兼学園長の月影がゆっくりと壇上に上がる。
この街で彼女の名前を知らない人はいない。
夫亡き後、学園を買収する為に何度もやって来た人達に気丈に振る舞い、隙を見せることなく
月影が全身全霊をかけて守ってきたのは有名な話である。
彼女の学園に対する熱い思いは本物なので、学園長として語られる言葉に教師も生徒も惹き
つけられ一字一句聞き漏らすことはない。
静寂の中、月影の声が講堂中を支配している。
そして彼女は最後の言葉で締めくくった。
「たとえ1%でも可能性があるのなら、諦めずに、それに向かって突き進みなさい。そうすれば
道はおのずと開くことでしょう」


学園長の話が終わると着任式へと移った。
次々と転任で来られた先生方の紹介と挨拶が進んでいく。

マヤは新任なので一番後ろに並んでいた。
日頃から、たくさんの人前で話すのが苦手なマヤは、緊張で体が震えている。
教師1日目から生徒の前で恥ずかしい姿は見せられないので早く落ち着こうと必死だ。
並んで待っている間に少し俯き目を瞑ると目立たないように深呼吸をする。
彼女の幼い頃からの夢が今日から始まるのだ。

「北島先生、どうぞ」
声をかけられたマヤが自分だと気が付くのに時間がかかった。
まだ、先生と呼ばれるのに慣れていないからだろう。

待っている間に心落ち着いたマヤは、背筋を伸ばしてゆっくりと講堂の舞台上へと足を運ぶ。
何事もなく階段を上り終えたことにホッとして一瞬気が抜ける。
と同時にマヤは舞台上で派手に転んでしまった。
演台に置いてあるマイクのコードに見事に足を引っ掛けて。
講堂中が一瞬にして笑いの渦に陥る。

そんなマヤの姿を見かねた速水は、すばやく舞台上に駆け上がり彼女を助け起こした。
「チビちゃん、大丈夫か?」
速水の端正な顔が、心配そうにマヤを覗き込む。
額が触れそうな距離で男性の顔を見たことがない彼女は照れて赤面してしまう。
速水に穏やかな眼差しで見つめられ、マヤは恥ずかしくなり慌てて目を逸らした。

お礼を言おうと改めて速水を見た時、マヤは激しい怒りを覚える。
なぜなら端正な顔の口元は緩み「くくく・・・」と笑っていたからだ。
一気に朝の出来事が鮮明に蘇る。
先輩教師とはいえ、朝から散々なことを言われたのだ。
腸が煮えくり返るほど腹が立ったのを思い出したマヤは、速水の手を振り払いすぐ
に立ち上がる。
怒りと恥ずかしさから茹蛸のように真っ赤な顔になると演台まで歩いていく。
歩く姿はロボットのようにぎこちない。

醜態を晒してしまった後なので先程の緊張とは比べられないほど、彼女の頭の中
はパニックに陥っていた。
マヤは、ただ恥ずかしくて顔を上げることも出来ないまま挨拶をする。
マイクを通してもかすかに聞こえるくらいの声で。
「お、おはようございます。は、はじめまして。新任で、こ、ちらにお世話になることに
なりました。き、たじま、マヤです。よ、よろしくお願いします」

彼女はこれを言うだけで精一杯だった。
思いっきり頭を下げると、すぐに踵を返しその場を離れる。
せっかく前日から考えてきた挨拶も頭の中が真っ白になり飛んでいたのだ。
マヤは一刻も早くこの舞台から降りて、誰もいないところで一人になりたかった。
穴があったら入りたい。
今、まさしくその気分なのだ。
それを見ていた速水を含めた教師達は、彼女のあまりの頼りなさに顔を見合わせ
ると「大丈夫なのだろうか?」と小声で話をしている。
そんな彼らとは対照的に月影だけが謎の微笑を浮かべていた。

式が終わるとマヤは、足早に講堂を離れる。
自分の醜態による精神的なストレスから、お腹が痛くなってきたのだ。
なんとかこの痛みを抑えたいマヤは職員室には戻らずに保健室へ向かう。


ドアを開けると、白衣を着た爽やかな男性が出迎えてくれた。
(確か保健の先生は女性のはずでは?)
マヤが疑問に思い一瞬考えこんでいると、すぐに向こうから声をかけられ彼女は我
に返る。
「誰だい?こんな時間に?」
「あ、北島マヤです。新任教師です。今日からお世話になります」
マヤは軽く一礼する。

「へっ。教師なのかい?」
「はい。あなたも生徒に見えますか?」
「ああ。式の途中で気分が悪くなった生徒かと思ったよ」
マヤは、また生徒に間違えられショックでうな垂れる。
「そうですかぁ。あたしっていつまで経っても生徒に見られるんですね」
俯いたまま、小さく溜息をつく。
「いいんじゃないか。生徒みたいに可愛い教師がいても」
肩を落とし落ち込んだ新任教師を励ますように声をかけてくれる。

「でも・・・。あぁっ!!」
マヤは、ここに来た目的を思い出した。
話をしている間にすっかり忘れていたのだ。
「どうした?」
「あのぉ〜、保健の先生はいらっしゃいますか?」
「目の前にいるじゃないかぁ」
白衣を指差しながら話す相手に、マヤは驚きながら問いかける。
「ええっ〜。だ、だって保健の先生は女性だと聞きましたが?」
「あんた、まさか。私と話している間、ずっと男だと思って見てたのかい?」
「ち、違うんですかぁ?」
「私は正真正銘の女だよ!!」
マヤの前で腕組みして完全に否定する。
「ご、ごめんなさい。白衣が似合うお医者様かと・・・」
「ははは、こいつはお互い様だな。あんたは生徒で、私は男か」
「す、すみませんっ」
マヤは深々と頭を下げる。
「もう、いいよ。あんた、面白い子だねえー。気に入ったよ。これからも仲良くしよう
じゃないか。よろしく。保健の青木麗だよ」
麗はマヤに手を差し伸べ握手を求める。
マヤはおずおずとその手を握る。
「よろしくお願いします」

「ところで、何の用だい?」
「さっきからお腹が痛くて・・・。お薬いただけませんか?」
少しお腹を押さえたマヤが、遠慮がちに問いかける。
「薬って。どうせ緊張からなんだろう。その腹痛。なんでも薬を飲んで治るもんじゃ
ないよ」
麗は呆れながらも、ふと時間が気になり彼女を促すことにした。
「それに、早くしないとホームルーム始まるよ。担任が遅れたら不味いだろ?」
「えぇ〜。もう、そんな時間なんですか?」
慌てて腕時計を見る。
「さっさといっといで。いつでも遊びに来ていいから」
「あ、ありがとうございます。失礼します」
マヤは再び頭を下げると職員室へ駆け出していった。
「おいおい。あの子、本当に大丈夫なのかい?」
彼女の後姿を見ながら麗は呟いた。


マヤが急いで職員室に戻ると、他の教師達は各教室へ移動した後でもぬけの殻
だった。
誰もいないのをいいことに彼女は部屋の中を走って出席簿を取りに行く。
やっと席に戻ったマヤは、目の前に見覚えのある姿を見つけて驚いた。

「は、は、はやみ、せんせい!」
自分一人だと思っていた彼女は、ビックリして声が上擦り叫んでしまう。
彼女の前の席に座る、マヤを朝から不機嫌にさせた存在に。

「さっきは助けてやったのに礼の一つもないとは失礼じゃないか。北島せんせ」
速水はマヤを鋭い視線で睨み付けた。
彼女は速水の冷たい表情に恐ろしくて顔がこわばり立ちつくしてしまう。

速水の言葉からマヤは舞台に上がった時のことをすぐに思い出す。
(そういえば・・・校庭で彼と会った時のことが頭を掠めて、お礼も言わずに手を振
り払ったんだった)
「す、すみません。先程は・・・ありがとうございました」
慌てて謝るものの度重なる失態に悲しくなったマヤは俯いて彼から目を逸らす。

そんな彼女を速水は横目で見ながら紫煙を吐き出すと無愛想な顔のままで彼女
に尋ねた。
「今まで何処に行ってたんだ?」
「えっ。・・・・・保健室です」
生徒が教師に悪戯を見つけられたように口篭りながら話すマヤ。

「どうして、そんな所に行くんだ。すぐにホームルームは始まるのに」
(新任教師が、初日から遅刻していたら生徒達に馬鹿にされるとは考えないのだ
ろうか)
速水は最後の煙と共に苛立ちを吐き出すと、彼女を待っている間に吸っていた煙
草を灰皿に強く押し付けた。

マヤは速水に怯えながら小声で言い訳する。
「す、すみません。ちょっと調子が悪くて・・・」
「もう、大丈夫なのか?」
涼やかな声で語られた言葉と表情の違いにマヤは驚く。
無表情のまま、あっさりと言われたのだ。
彼女は速水の冷め切った表情にぞくっと身震いする。
「はい。なんとか」
今のマヤには、そう返事を返すのがやっとだった。

「さあ、行くぞ。北島・せ・ん・せ・い・を教室に案内してくれって水城先生に頼まれ
たんだ」
速水は、わざと先生の部分を強調する。
「ごめんなさい。遅くなってすみませんでした」
彼が皮肉を言っているのが分かったマヤは素直に謝った。
しかし。長い間、待たされた速水の機嫌は変わることなく再び鋭い視線が彼女を
突き刺した。
「今までのように学生気分では困るんだ。もっと、教師として自覚を持ってくれ!!」
厳しい言葉を吐くと速水は席を立って歩き出す。
「大体どうして俺が案内しないといけないんだ。主任の仕事だろうに・・・」
彼女に聞こえないくらいの声でぶつぶつ文句を言いながら先に歩いていく。

(さっきは、あまりにも可哀相だったのでつい助けに行ってしまった。
何故か心配であの子から目が離せない。
人との関わりを自分から絶ったはずの俺が・・・)

速水の中の何かが揺さぶられはじめた瞬間だった。

一方のマヤは、速水の後ろを無言でついて歩く。
先ほど速水に叱責された彼女の表情は重苦しい。
マヤにとって速水は、先輩教師であり同学年を担任に持つので何かと繋がりがあ
る。
初対面から最悪な印象を与えてしまったことに彼女は落ち込んだ。
これから何度も迷惑をかけることは目に見えている。
今後、反抗的な態度は許されないだろう。
こんな調子で速水と上手くやっていけるのか不安になるマヤだった。


速水に案内された後、マヤは自分のクラスの前に立つ。
2年B組。今日から彼女が担任になるクラスだ。
(今度は失敗しないように気をつけないと・・・。)
廊下で大きく深呼吸すると、ゆっくりドアを開けて中に入っていく。
私立の共学ということもあり、生徒達は大人しく座っていた。
これが男子校なら、賑やかに騒いでいるに違いない。
とてもじゃないが、マヤの手には負えないだろう。

大学で学んでいる頃にマヤはテレビでご○せんという学園物のドラマを見たこと
があった。
参考になればと思って見ていた彼女は、主役教師の立ち振る舞いに度肝を抜か
される。
しかし女性教師が体当たりで生徒一人一人に対して接する態度に感動したマヤ
は、いつか生徒達と心が通じ合えるような教師になりたいと誓ったのだった。

そんな思いの中、教壇の前に立つと生徒が掛け声をかけてくれた。
「起立」
「礼」
「着席」

マヤは自分を奮い立たせると大きな声で挨拶をする。
「おはようございます。今から自己紹介をしますね」
彼女は黒板に向ったが、元々身長が低いこともあって一番上から書くことが出来
ない。
仕方がないので黒板の真ん中より少し上の辺りから自分の名前を生徒達が見え
るように大きく書いていく。
自分では落ち着いているつもりだったが、先程の失態が何度か脳裏を掠めてか
らは手が震えていた。
書き上がった自分の名前を見て愕然とする。
左下がりの「北島マヤ」ができあがっていたのだ。
いまさら直すのも恥ずかしいので、そのまま紹介を続けることにした。
「北島マヤです。あたしは教師一年目だけど一年間みんなの担任として頑張りま
すので宜しくね」
笑顔で生徒達を見つめる。

「先生!」
そのとき一人の男子生徒が手を上げた。
「はい。どうぞ」
「あのぉ〜。先生の名前、北島なんですよね。黒板の字、北鳥になってるんです
けど・・・」
「えっ。えぇ〜〜〜」
生徒の指摘にマヤは叫んでしまう。
慌てて黒板を見ると確かに島が鳥になっていた。
また、失敗してしまったのだ。
マヤは顔中が真っ赤になると恥ずかしさの余りその場に座り込んでしまう。
(自分の名前を書き間違えるなんて・・・。もぅ〜。最低!!)
教室の中で一気に大爆笑が起こる。

急に隣のクラスから生徒達の大きな笑い声が聞こえてきた。
速水は、また彼女が何かやらかしたようだなと口元を少し緩める。
これからマヤが巻き起こす騒動に速水が大きく関わり、自分の人生をも変えるほ
どの影響があることを彼はまだ知らない。
彼女の失態を想像しながら普段と変わらない態度で自分の生徒達に自己紹介を
させていくのだった。

この後、マヤはすぐに黒板の字を書き直したものの、立ち直ることなく沈んだ気持
ちのまま生徒達に自己紹介をさせていく。
マヤにとって人生の門出の日は最悪な一日として心に残る。
こうしてマヤの記念すべき教師一日目は波乱の幕開けで始まった。





<第1話 END>





2005年12月12日   written by 瑠衣





登場人物紹介






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