Whirlwind (原案・設定・構想) Aileen・kujidon・shima・瑠衣 (本編構想) Aileen 第6話 彼と彼女と、年下の彼 少しづつだが、紅学園に馴染みつつあるマヤ。 そんな彼女は、毎日を生き生きと過ごしていた。 念願叶って、教師になれたのだ。 その気合の入れ方もハンパではなく、時折、空回りして周りに迷惑を掛けていた。 その度に、速水から叱責させてはヘコみ・・・を繰り返している。 「北島センセ、これは以前にも注意したと思うが・・・」 「すみません・・・」 しゅんと肩を落とす姿は、実年齢より幼く見える。 速水に加虐的な志向はないが、事情を知らない人間からすれば、立派な虐めのように見えるだろう。 しかし、ここは紅学園、高等部の職員室。 皆、事情をよく解っている人間ばかり。 だが、これで彼女に制服を着せれば、叱る教師に叱られる生徒、という構図の出来上がりだ。 「はぁぁぁ・・・もう一度、よく聴いて、よ〜く考えて下さい。北島センセ」 速水が溜息にイヤミを混ぜながら、つらつらとマヤへの注意を吐き出す。 マヤの眉はへの字形、プラス上目遣いと、落ち込みをしっかりと表している。 なのに、その唇は真一文字にきつく結ばれ、速水に対する怒りを感じさせた。 速水の注意には素直に耳を貸そうとしているのだろうが、そのイヤミとからかいは彼女の許容範囲を超えているのだろう。 奥底に隠そうとしたわだかまりを、隠し切れずに表に出してしまう。 馬鹿がつくほどに素直な性格だと、反面感心する速水だった。 くつくつと笑いが洩れる。 押さえようとすればするほど、意志とは関係なく、速水の唇からは笑いが零れ落ちる。 やがて、その笑いは高笑いに変わり、周りの教師達も驚愕の表情で速水を見つめた。 それもそうだろう。 冷血漢で通っている速水が、こんな風に笑う姿など、他の教師達はお目にかかったことなどなかったからだ。 遠巻きに不可思議なものを静観する視線が、速水とマヤに集まる。 「な・・・何が可笑しいんですか!?し、失礼ですよ!!」 依然、大笑いを続ける速水に、マヤはとうとうぶち切れる。 顔を真っ赤にし、唇を噛みしめる。 止められない笑いは、その彼女の姿に終息を迎えた。 瞬間にして静まる職寝室で、冷静さを取り戻した速水がいつものポーカーフェイスに戻る。 目だけで辺りの人物を確認し、そして心底ほっとした。 (聖と水城主任が・・・いなくてよかった) 胸を撫で下ろしたと同時に、不気味なオーラを感じる。 横目でその方向を窺うと、しっかりジト目のマヤと視線がぶつかる。 「あーっ、いや・・・で、北島先生。先程の件だが・・・その・・・」 誤魔化すように机の上の資料に手を伸ばすが、クリアファイルに入ったそれは、するりと彼の手から逃げ、床に落下した。 「痛っ!!」 慌てて拾おうと屈む速水は、机の角にしたたかに頭をぶつけた。 懸命に自身のスタンスを取り戻そうと、もがけばもがくほど墓穴を掘る結果となる。 彼の様子を呆然と見詰めていたマヤは、やがてぷっと吹き出す。 いつもスタイリッシュでクールな速水の、そのコミカルな動作に、さっきまでの憤りも忘れ、くすくすと笑い出した。 「・・・それで、さっきの続きだが・・・」 痛む頭をさすりつつ、拾い上げたファイルをマヤに手渡す。 「いつまで笑ってるんだ?」 今度は速水がジト目になり、マヤを見返す。 「す・・すみません・・・くすくす・・・」 「まぁ、いい。これは基本的な授業の流れを書いたものだ。、幾つかの例がある。参考にしてくれ」 「あ・・・ありがとうございます」 「教科は違うが、基本は同じだからな。より効率のいい授業形態を模索し、それを進めるのも教師の仕事だ」 「はい」 真剣な速水に、マヤは姿勢を正す。 互いに教師としての顔を取り戻したふたりに、先程までのくだけたムードは何処にもない。 マヤはマヤで、速水の教師としての優秀さに敬意を払ってもいた。 「最初は手探り状態だろうが、試行錯誤しながらでいい、君に合った授業形式を身に付けてくれ」 「解りました」 君の授業は脱線が多いと聞く、と速水が最後に付け加えると、途端に真っ赤になり恥じ入りながら俯く。 そんな彼女の様子に、ついつい目を細めてしまう。 本来なら新人教師にここまで配慮をするなど、考えられなかった速水だ。 しかし、何処か放っておけないマヤに、つい言葉を掛けてしまう。 大体がお小言ではあるが・・・ それでも目の前で、一心に速水の言葉に耳を傾けているマヤに、視線が釘付けになってしまう瞬間が度々ある。 放っておけない存在。 (俺には兄弟、姉妹はいないが、もしかして妹とはこんなものなのか?) 考え付く限りの可能性を相殺していくと、残ったのはそれだった。 しかしこの情は、肉親に感じるものとは違う感覚だとも思える。 「北島先生」 「はい?」 背後からの呼び掛けに、マヤは速水の指導の最中だということも忘れ、にこやかに振り返る。 それは僅かな時間。 彼女はその相手を認知すると、大きな目を益々大きくし、頬を鮮やかに紅潮させた。 速水にはマヤの変化が、手に取るように判った。 先程、速水の失笑に対し、怒りに顔を赤く染めた、その種の“あか”とは異質のものだった。 ふと、頭を過ぎるのは、いつかの彼女とのやり取り。 『し、失礼ですね。あたしにだって好きだって言ってくれる人はいます!!』 あれは確か・・・と記憶のページを紐解く。 倒れたマヤを彼女のアパートまで送っていた、あの日の会話。 「日誌を取りに来ました。北島先生」 少年と青年の狭間に位置する、高いながらも落ち着いた声の持ち主に、速水は刮目する。 『あ、あの・・・生徒から告白された時はどうするんですか?』 これからまだまだ成長するであろう、それでも発展途上の儚さが逆に見る者を惹きつける、その体躯。 そんな危うさを含んだ少年が、マヤの側で微笑んでいた。 ――真島良・・・? まさか、と否定するも、マヤの彼への態度は明らかで、自分を偽るのに非常に不器用な彼女を考えると・・・ まさしく、答えは明白であった。 彼女に懸想する少年と、それを意識する女。 見事な構図が速水の目前で展開されていた。 「えぇっ・・・とぉ・・・今日は真島くん、日直だったかしら?」 務めて冷静さを装うマヤではあったが、真っ直ぐに見つめるその純な瞳に、思わず目を逸らす。 「いいえ・・・北島先生。でも、これからは僕が日直の代わりに日誌を取りに来ますよ。みんなの負担を少しでも減らしたいのでね」 「え・・・?でも・・・」 「気にしないで下さい。ところで、もうすぐHRが始まりますよ?日誌はこれですね?」 「あ・・・、うん・・・」 「あぁ、出席簿もお持ちしましょう」 言いよどむマヤをさらりとかわし、否やと言わせないよう、彼女の言葉を間髪を容れずことごとく潰していく。 真島は少年とは思えぬ程のスマートさで、または強引さでマヤを翻弄していく。 「ありがとう・・・真島くん」 気圧されたマヤは本来の素直な性格が前面に押し出され、やがては彼の好意に甘える様子を見せ始めた。 「いいんです。貴女のお役に立てるのなら」 にこりと笑うその爽快とも言える笑顔の下に、速水は狡猾な大人の男の姿を垣間見た。 背筋を這う、何とも言えない不快感が、じわじわと全身に広がっていった。 目の前に居る自分の存在など、まったく無視して交わされる会話に、不快感がますます募る。 マヤが真島に出席簿を渡そうとした、その瞬間。 「真島!!」 考えるより先に思わず彼の名を呼ぶ速水は、いつもの余裕を失くしていた。 「なんでしょう?速水先生」 「君は成績も非常に優秀で、平素の態度も問題ない。しかし常識という面では何処か欠けた所があるのかな?」 「どういうことでしょうか?仰りたいことがよく解りませんが?」 顔だけを速水の方に向け、にこやかに返答する真島は、彼とは逆に余裕綽綽な状態である。 それが余計に速水の神経を逆撫でする。 「君は俺と彼女が会話中に“失礼します”の一言もなく割って入ってきた。その態度はどうかと思うのだが?」 「ああっ、それは失礼しました。決してそんなつもりではなかったのですが、速水先生に不快な思いをさせました。申し訳ありません」 速水に対し、大仰に深く頭を下げる真島だったが、それはどう見てもその場しのぎの対応でしかない。 「“慇懃無礼”という言葉、君ほど頭が良ければわかる筈だが?君の今の態度は・・・」 「速水先生、もうやめてください!!」 速水の言葉を遮り、両手を広げたマヤは彼の前に立つ。 それは真島を速水から庇う形になり、その一途な姿は速水を大きく動揺させた。 「君は・・・こんなヤツを庇うのか?」 「こんなヤツって・・・彼はあたしの生徒なんです。それに、速水先生にとっても大切な生徒でしょう?」 「相手によりけりだね」 「速水先生、どうしてそんなに怒るんですか?あたしには解らない。彼が一体どんなことをしたって言うんですか?」 「真島は!!・・・」 「真島くんは確かに速水先生とあたしの会話を遮った。でも、たったそれだけじゃないですか。それに彼はちゃんと謝りましたよ?」 「だがね・・・」 「!!もう、いい加減にしてください!!」 マヤの絶叫に近い声は周りの教師の注目を浴びるが、それと共に予鈴が鳴り響き、彼らのバトルは一旦終息した。 ふたりのやり取りを傍観していた真島の口角が、うっすらと上がる。 それは、その場のどさくさに紛れ、誰にも見咎められることはなかった。 「速水先生。これ以上真島くんを悪く言うのは止めて下さい・・・ねっ?」 マヤの表情はくしゃりと歪み、今にも両の目からは熱いものが込み上げそうだった。 「チビ・・・ちゃ・・・」 思わず勝手に付けた愛称で呼び掛け、口をつぐむ。 真島を庇うマヤ。 彼と、そして彼女を責める形になった自分自身。 その両方に、えも言われぬ憤りを感じる。 「先生、僕が悪かったんです。だからこれ以上速水先生を責めないであげてください」 いつの間にかマヤに寄り添うように、尚且つ目線を下げ、真島は彼女の眼前で優しく微笑んだ。 目の前に迫る美少年の迫力に、マヤはどぎまぎする。 男性に対して、全くと言っていいほど、免疫がなかったからだ。 「速水先生。本当に申し訳ありませんでした・・・」 くるりと速水に振り向くと、真島は再び深く頭を下げる。 「あ・・・ああっ」 速水は自らに退路がないことを悟り、彼の謝罪を受け入れるしかなかった。 そんな真摯な真島の様子に、マヤははっと我に返る。 そして、やおらに自分の机から、再び出席簿を取ろうと手を伸ばす。 刹那、出席簿が、ひょいっとマヤの手から真島の手に渡る。 「持ちますよ。北島先生」 「これくらい、大丈夫よ」 「いいえ、いいんですよ。気にしないで下さい」 少年らしくはにかみつつ、真島は真っ白い歯を見せ、爽やかな笑顔を振りまいた。 (こんなにいい子なのに・・・速水先生ったら・・・) 行きましょう、とマヤは真島と共にゆっくりと歩き出す。 目と目が合った速水に、ふんっ!!と鼻息も荒く、そっぽを向くのも忘れずに。 彼女の隣に陣取る真島は、勝ち誇った顔で彼女に従い、二人は職員室を後にした。 「勝手にしろ・・・」 苦々しく、ぼそっと呟く速水は、乱暴に出席簿を手に取ると、彼らが出て行った扉を凝視する。 やがて盛大な音を立て、その後を追うような形で、職員室を出て行った。 真島を絡めたその一部始終を、職員室に帰ってきた水城と聖に、ばっちり見られていたことなど知る由もなく・・・ 「で・・・何の用なの?」 行きつけの喫茶店で、絵川由紀は自分の前に座る少年に素っ気無い言葉を放つ。 「やっと見つけたんだよ。理想の女性を・・・」 真島は淹れたてのコーヒーの香りを楽しみつつ、少し上目遣いで由紀を見る。 (また、はじまった・・・) 由紀はふっと息を吐き出し、軽く頭を振った。 「今、“またか”と思っただろう?」 「よく判ったわね」 「長い付き合いだからね。でも、由紀。君の心配は杞憂に終る」 「どういうこと?」 彼は滑らかな指を、カップに絡めながら弄ぶ。 そんなはっきりしない仕草に、由紀は苛つきを覚える。 「で・・・続きは?」 「せっかちだね?相変わらず」 くくく、と含み笑いを漏らすと、真島は由紀の瞳を見据えた。 「今までとは違う。彼女はこれまで出会った女性の中で、究極、至上の女性だ」 女性に対する褒め言葉としては、至極、微妙。 相変わらずはアンタだろ、と由紀は心の中でツッコミを入れる。 由紀の元カレ、真島良。 彼は“理想の女性”を探していた。 自分の勝手な理想(妄想)を女の子に押し付け、そしてそんな彼に辟易し、今まで何人もの彼女が彼の下を去って行った。 そんなことの繰り返し。 とどのつまり、学習能力がないのだ。 得てして由紀の真島センサーは敏感で、今回もまた勘違い男の話を、つらつらと聞く破目に陥るのだ。 「・・・で、誰なの?」 私の知っている子なの?と、由紀が話を振ると、真島は喜々として身を乗り出す。 「北島マヤだよ」 「きたじま・・・まや?」 どこかで聞いたような・・・?聞かなかったような・・・などと頭を捻る由紀に、彼はにんまりと笑う。 「北島マヤ・・・先生。僕の担任だよ」 「担任?・・・って、アンタ年上じゃない。しかも幾つ違うのよ?」 「幾つって、たったの五つじゃないか。問題ない、問題ない」 真島は手をひらひらとさせ、どかっと椅子の背もたれに身を委ねる。 「北島・・・先生ね・・・」 由紀はC組であり、B組の担任であるマヤのことはよく知らない。 ただ、見た目は現役女子高生よりお子ちゃまで、中身もそれに伴って幼いという噂だけだ。 「今日もね、速水にネチネチと苛められていたんだよ。だから僕がナイトの如く、彼女を助けたんだ」 (ナイト、って・・・アンタ・・・頭の中も、ほんとファンタジーで出来てんのね) それは、きっと速水が頼りないマヤを指導していただけなんじゃないの?と、由紀は心で毒づく。 由紀の担任である速水は、必要以上に他人と接しない。 聡い彼女には、そのことが手に取るように解っていた。 「とにかく、彼女は僕の理想の女性だ。年の差なんか気にしない」 「あら、そうなの?」 「あの頼りない、おどおどとした顔。可愛いんだよ。歩く姿までが儚い風情をかもし出している。なのに授業中はキリリとして、まるで別人・・・最高だ・・・」 “恋は盲目”とは言うが、きっと彼は五感が全て奪われているのだろう。 過大評価もいいところだと思う。 「僕は将来有望だよ?彼女もきっと解ってくれる。速水から救ったってことで、ポイントも、かなりアップしただろうしね」 それでね・・・と延々とマヤについて話し始める真島。 由紀は適当に相槌を打ちつつ、心は明後日の方向を向いていた。 (どうせ、最後には私の元に戻ってくるのにね・・・) 女癖の悪い真島に、早々に見切りをつけたのに、今でもこうして腐れ縁で繋がっている。 果たして、いつまで彼の恋愛アドバイザーを続けなければならないのか・・・由紀は肩を落とし、ため息を漏らした。 <第6話 END> 2006年08月28日 written by Aileen |
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