Whirlwind



(原案・設定・構想)
Aileen・kujidon・shima・瑠衣



第3話 歓迎会   前編  





新しく着任された先生方の歓迎会が行われることになった。
幹事は当番制でまわってくることになっており今回の番は速水であ
る。
幹事が苦手な彼は自分の番ということもあり、嫌々ながらも責任を
持って某有名居酒屋店を押さえ、適度な料理を予約して参加者への
日時の連絡や対応に追われていた。

歓迎会当日。
「今年も新たな先生方をお迎えすることになりました。いろいろな場
所で培ってきたものを紅学園の生徒達の指導に役立てて頂きたい
と思います。それでは、皆さん。グラスをお持ちになって。乾杯!!」
月影の挨拶を皮切りに、着任された先生方と在任の先生方との交流
が始まった。

「この春からお世話になっています。北島マヤです。教師1年目で手
探り状態ですがご指導の程よろしくお願いいたします」

「同じく、春から新任でお世話になることになりました。水無月さやか
です。ベテランの先生方のように一日でも早く立派な教師として生徒
達に指導していけるように頑張りたいと思います。よろしくお願いしま
す」

二人の挨拶が終わると、ベテラン教師が「あいつら、ちょっと呼んでき
てくれ」と近くにいた同僚教師に声をかける。
女性教師は、その一言にすぐに反応すると新任教師達を連れてきた。
北島マヤと水無月さやかは新任で同期になる。
おっちょこちょいでドジなマヤと何事も落ち着いてこなすさやかは対照
的だ。

「おい、新任の先生方。ここに座ってくれ!」
ベテラン教師に促された二人は、賑やかに騒いでいるグループの真ん
中に腰を下ろす。

「まずは、挨拶をしようか。俺は黒沼龍三。3年生の学年主任をやって
いる。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
二人とも同時に挨拶をする。

黒沼は瓶ビールを手に取ると、マヤとさやかにグラスを持たせて早速ビ
ールを注いでいく。
「とりあえず、乾杯だ」
二人とグラスを合わせた黒沼は、一気に中身を飲み干した。
「いやぁ〜。やっぱり仕事の後の酒は最高だなあ!」
唖然とする二人を前にしながら大きな声で言う。
「お前ら、俺が注いだビール飲むんだぞ!!」
二人に喝を入れるように促す黒沼。
釘を刺されたマヤとさやかは慌ててグラスに口をつけている。

黒沼は始業式の日に面白そうな奴が入ってきたとマヤに興味を持っ
ていた。
彼に何か言われるのではとビクビクしながらビールを飲んでいるマヤ
に口元を緩める。
そんな彼女をリラックスさせようと黒沼は穏やかな声で話しかけた。
「北島先生。君は大変だな」
「えっ。どうしてですか?」
マヤはキョトンとした顔で黒沼に訊き返す。
「2年の担任の先生方は、冷静沈着で、完璧主義者ばかりだ。失敗
が多いあんたとは正反対だから注意されることが多いだろう。学園
長もなんで水無月先生ではなく北島先生を2年生に持ってきたんだ
ろうな?」
黒沼の疑問も当然だ。
マヤ本人も不思議で仕方がないのだから。
それでも彼女の場所として与えられた2年の担任を精一杯やり遂げ
たい一心でマヤは思いを語る。

「それは、あたしが未熟者なので仕方がないと思います。それに学
園長は完璧な先生方の中で教師として独り立ち出来るように、あえ
てあたしを選んでくださったのではないでしょうか」
「ふ〜ん。そんなもんかねぇ」
「あたしにもわかりませんが、同じ学年の先生方にご指導いただこう
と思っています」

黒沼は、おもむろに煙草を取り出すと「吸うぞ」と一言断ってから火を
つける。
「ところで、学年は違うんだが北島先生さえよかったら俺達の仲間に
ならないか?」
「仲間ですか?」
「ああ。実はこの学園は派閥で分かれているんだ」
「派閥ですか?」
マヤは、訳が分からないので何度も鸚鵡返しに聞き返す。
「そうだ。はっきり言って、あんたの学年の先生方と俺達は仲が悪い。
こういう席ではお互い近くに座らないのが暗黙の了解になっている。
向こうさんは騒がしいのが苦手で、俺達は静かにしているのが耐えら
れないからな」
マヤが部屋の中を見渡すと黒沼の言うとおり、彼女の学年の教師達は
少し離れて座っていた。

「それに、あいつは難しいだろ。こういう飲み会があると、いつも離れて
一人で飲んでいるんだ」
あいつと言われてもさっぱり分からないマヤは、首を傾けて問いかける。
「あいつとは、誰のことですか?」
「速水だよ!」
と黒沼は彼が居る方を指差す。
間髪いれずに返ってきた返事にマヤは驚き叫んでしまう。
「は、はやみ先生ですかっ!」

マヤがその先に目を向けると、速水は壁に寄り掛かって一番奥の席
に一人で座っていた。
彼の前のテーブルには、ビールと日本酒の空き瓶が綺麗に並べられ
ている。
速水が几帳面な性格だと誰が見てもすぐにわかるだろう。
クールな顔でグラスを傾ける仕草は、ほとんどの女性が虜にされるに
違いない。
しかし、マヤにとって彼は苦手な存在だ。
今ここで、それを口にするわけにもいかずにマヤは曖昧な微笑を浮か
べてごまかす。

「速水はなぁ、いつも物事を冷めた目で見ている。確かに仕事は完璧
にこなすが生徒達への態度に情熱が感じられない。誰にも心を許さな
いんだ」
マヤも速水のいつも冷静な態度が気になっていた。
(教師ってもっと生徒と接するものだと思っていたんだけど、速水先生
は深入りしようとしないみたい。)
ふと考え込んでいたマヤは黒沼の声で呼び戻される。

「だがな。あの時は驚いた」
「あの時とは?」
「北島先生が講堂の舞台の上で派手に転んだ時だよ」
黒沼の言葉にマヤはあの日の恥ずかしい場面を思い出し赤面する。
「あ、あれは・・・コードに足が絡んで・・・」
と言い訳をするマヤの言葉を遮るように黒沼は話し出す。

「いや。あんたのことじゃない。速水のことだ」
「速水先生?」
てっきり自分のことだと思っていたマヤは、口を開けて黒沼を見る。
「そうだ。速水が転んだ北島先生を助けに行っただろう。あいつは
今まで何があってもそんなことしたことなかったんだ。速水のあん
な姿は珍しいんだよ、というか初めて見たかもしれん」
「そうだったんですか。・・・あたし、あの時にお礼を言いそびれて後
で怒られました」
マヤは速水の無表情の顔を思い出すと思わず鳥肌が立ってきたの
で自分の腕を摩った。
(ほぉ〜。どうやら北島先生には気付かぬうちに自分から関わりを
持っているようだな、速水の奴)
これは面白くなりそうだと黒沼は唇の端を密かに上げる。

「ここだけの話なんだがな」
と言うと黒沼はマヤの耳元に口を近づけてボソボソと話す。
「俺は、実は速水を買っているんだ。本当のあいつは熱い奴じゃな
いかと俺の勘なんだがな」
(あたしにはそんな風には全然見えないけど・・・)
黒沼の話から熱血な速水を想像してプッと吹き出すマヤ。

黒沼はマヤの耳元から離れると小声で続きを話す。
「他の奴らは、速水のことが気に食わないらしい」
見てみろと言われた先には、図体の大きな男性が学園長のところ
で話をしている。
二人は少し離れた場所にいるのだが、彼の声が大きいので話の内
容が聞こえてきた。

「学園長! どうしてあんな冷たい教師を放っておくんですか? こ
の歓迎会でも一人離れた所に座っているじゃないですか!」
「あら、ほんとに」
月影はチラッと速水の居る席を見たものの、さほど気にすることもな
く彼の次の言葉を待っている。

「速水先生は生徒や俺達教師に対しても冷めた目で見ています。確
かに仕事はきっちりこなされますけど協調性が一つも感じられない。
あれでいいんですか?」
「そうねぇ。もうしばらく様子をみてみましょう。何かのきっかけがあれ
ば、変わるかもしれないわ」
ふふふと謎の微笑みを浮かべ言葉に含みを残しながら月影は話を終
わらせた。

そんな二人の会話を聞いた後、黒沼はすぐに話題を変える。
「まあ、今日はあんたらが主役だ。この後、みんなが酒を注ぎにくる
ぞ!」
「えっ?」
黒沼の言葉にマヤは驚いた。
「飲めるのか?」
「いえ。少しだけなら飲めますが、飲みすぎると酔いつぶれてしまい
ます」
「そりゃ、今から覚悟した方がいいぞ。この学園に代々伝わっている
洗礼だからな。断ることは出来ない」
「そんなぁ〜〜〜」
マヤは、この後、自分が酔いつぶれることを予感する。
「まあ、なんとかなるだろう。頑張れよ」
「はい」

頑張れる自信など微塵もないのに返事をしてしまう自分を恨めしく思
うマヤ。
黒沼は彼女の肩をポンポンと叩くと別のグループに酒を注ぎにさっさ
と行ってしまう。
その場に残されたマヤは胸の前で手を組むと、この会が早く終わる
ことを密かに願う。
そんな彼女のささやかな願いは、叶えられることはなかった。
なぜなら、すぐに伝統の洗礼が始まってしまったから。

「まずは俺からだ」
いつの間に現れたのだろうか。
先程、学園長と話をしていた男性が目の前で胡坐をかいて座ってい
る。
大きい体つきで体育会系らしき男性がビール瓶を差し出してきた。
「1年生を持っている堀田だ。教科は体育だ。何か困ったことがあれ
ばいつでも相談にのるからな」
大きな声の挨拶がマヤを圧倒する。
「あっ。・・・はい。・・・よろしくお願いします」
慌てて頭を深々と下げている間にグラスになみなみと液体を注がれ
た。
まるで断る間を与えないように・・・。
マヤは仕方なく口をつけると零れない程度にグラスをあける。

「次は私よ」
堀田の後に並んでいたのか彼がいなくなると同時に声をかけられた。
優しい声に顔を上げると柔らかい微笑とぶつかる。
綺麗にカールされた栗色の髪に整った顔立ちの大人の女性。
マヤは、その女性に憧れを抱く。
「北島先生。沢渡美奈です。3年生の担任よ。教科は音楽なの。よろ
しくね!」
「はい!よろしくお願いします」
元気良く返事をしたマヤは、彼女の周りにいつも誰かが居ることに気
付く。
沢渡が他の教師達にも慕われているのがすぐにわかった。


その後、次から次へと入れ替わり立ち代わりに先生方がビールを注
ぎに来るのでマヤは休む暇がない。
ビールを注がれては飲み、注ぎ返すという単純な作業だが、不器用
なマヤは緊張も手伝って、先輩教師に注ぐ時に手が震えて零してし
まう。
「あぁっ。・・す、すみませんーーー」
マヤは手近にあったおしぼりで辺りを拭きながら、また失敗してしまっ
た自分に嫌気がさしていた。

そんなマヤを速水は一番遠い席から眺めていた。
他の教師との交流が苦手な速水は、盛り上がっている先生方から
離れて一人静かに酒を飲んでいる。
しかし、何故だか分からないがマヤの姿だけは自然に目で追ってし
まっていた。
速水は失態を繰り返す彼女を見ると口元を隠しながら笑う。
(あの子は見ていて本当に飽きないなあ。あれで二十歳を過ぎた
教師だと言うのだから不思議で仕方がない。どう見たって今の中学
生の方が大人っぽいだろう。)
彼女と初めて出会った時を思い出しながら、めずらしく機嫌よく酒を
飲む速水だった。


もう一人の新任教師、水無月さやかは少し頬に赤みがあるものの、
いたって普通に飲んでいる。
次から次にやってくる先生方に笑顔を向け適度にやり過ごし要領
良く切り抜けていた。

そんな彼女と正反対なのがマヤだった。
先輩教師達の返杯にまともに付き合っているので真っ赤な顔で目は
虚ろになってきている。
マヤは、かろうじて意識を保ちながら同僚のさやかがテキパキとこな
す様子をじっと見つめていた。
(彼女はお酒が強いのね。失敗なんてしないし羨ましいなぁ。あ、あ
たしは、だんだん体の中が熱くなってきたみたい。アルコールが全身
を駆け巡っているのがわかる。あぁ〜。・・もう、駄目かも・・・・・。)
意識が途切れたマヤは、机に頭をつけて眠ってしまった。

「おい。北島先生が潰れたぞ〜」
黒沼がその場に居る者に聞こえるように大声で言う。
それを聞いた先生方が一斉にマヤを見た。
「本当に弱かったんだな。端っこで寝かしてやってくれ」
黒沼の指示で堀田がマヤを抱きかかえ部屋の隅に彼女を寝かせ
た。


彼らから少し離れた席で飲んでいた水城が黒沼の声に気付く。
「あらあら。北島先生、酔いつぶれてしまったようね。かわいそうに」
「容赦ないですからね、彼らは」
聖も彼女が寝ている様子を見ながら答える。

「彼女。お酒に弱そうに見えたから、ある程度、想像はついていたの
だけど・・・」
いつも誰かが必ず潰れる歓迎会を何度も見てきている水城はあから
さまに溜息をつく。

「それじゃあ、帰りは速水にお願いしますか。彼は幹事だから仕方が
ないでしょう」
聖は当たり前のように言う。
「ええ。そうね。本人は嫌がるでしょうけど」
水城は速水のしかめ面を頭に思い浮かべ苦笑する。

それなりに速水と付き合いのある二人は彼の性格をしっかりと把握
している。
3人で飲む時は気軽に言い合える仲間だが、公の場所の彼は、い
つも一人離れた場所で酒を飲む。
そんな姿を聖と水城は何度も見てきているのだ。

「ところで、今日の彼。なんだか機嫌良くない? いつもなら無愛想
な顔で飲んでいるのに」
「そう言われてみたら・・・」
二人は、上機嫌な顔で冷酒を飲んでいる速水に目をやる。

「何かいいことでもあったのかしらね」
あまりにも珍しい光景に思い当たることがないか考える水城。

「速水のあんな顔を見るのはいつ以来だろう・・・」
聖は呟くと、自分の記憶の中にある彼の姿を探しにいく。

聖と速水は小学生の時からの友人で同級生だ。
子供の頃から教師になるのが夢だった二人は中学、高校、大学と
同じ時を過ごし、お互いに競い合ったライバルでもある。
昔の速水は、明るく活発で友人も多くみんなの人気者だった。
そんな彼が変わってしまったのは、母親を亡くしてから。
親友の聖にすら心を打ち明けなくなってしまう。
今でも速水の一番の親友であると聖は思っているし、それなりに付
き合いもあるが、本当の気持ちは話してくれていないと思っていた。

「それにしても驚いたわよね。着任式の日は」
水城に突然話しかけられ、深く考え込んでいた聖は一気に引き戻さ
れる。

「ええ、そうですね。速水があんなことするなんて」
「あの二人って以前から面識があるのかしら?」
「いえ。僕が彼から聞いた話だと、着任式の日に初めて会ったそうで
すよ。ただ僕達より一足早く校庭で」
「校庭で?」
水城は首をかしげながら不思議そうに聞き返す。

「はい。どうも速水が彼女を生徒と間違えたらしくて」
「そうだったの。彼女、本当に可愛いものね。中学生に間違えられて
も不思議じゃないわ」
水城は眠っているマヤを遠くから見て微笑む。

「それで、北島先生が速水に喧嘩を吹っかけたらしいですよ」
「へぇ〜。彼のあの目を見たら誰も近づきたがらないのに・・・。向っ
ていくなんて勇気があるのね。彼女、育てがいがありそうだわ」
眼鏡の奥で水城の涼しげな瞳がキラリと光る。
「育てがい?」
聖は水城から出た意外な言葉に問いかける。

「実はね。学園長にあなたたちの所でよろしくってお願いされたのよ」
「学園長がそんなことを?」
聖は驚いた。
月影は余程のことがない限り教師達に指示を出すことはない。
それぞれの教師が持っている経験や知識を生徒達に指導すること
をモットーにしているからだ。

「私も彼女はてっきり黒沼先生の所にいくものだと思っていたから
最初はびっくりしたんだけどね」
少し間をおくと水城は、グラスに入ったお酒に口をつける。
中身が減ったのを見計うと聖はそっと酌をして相槌を打つ。
「そうですね。彼女は僕達と違って何でもできるタイプではないです
から」
水城も聖のグラスにお酒を注ぎながら、再び話を始めた。

「でもね。学園長は彼女の中にある才能を見抜いてらしたのかもしれ
ないわ」
「彼女の才能?」
「そうよ。私も北島さんの初授業を見て驚いたんだけど、教壇の上に
立った時の彼女には素晴らしいものがあるわ。人を惹きつけて離さ
ない力があるのよ」
水城は彼女の授業を思い出すと「聖さんにも見せたかったわ」と残念
そうに呟いた。
「次は、ぜひ拝見したいですね」
聖は水城の話を聞きマヤの授業に興味が湧いてくる。
二人は、月影が気にかけているマヤに対しての認識が変わっていた。

そして、次の水城の言葉がさらに聖を驚かす。
「速水君。彼女の初授業を見て固まっていたのよ」
「えっ。・・・あいつが?」
いつも冷静な速水が新任教師の姿に驚いたと聞いて聖は信じられ
ない。
(あいつが驚くほどの授業をしたというのか、彼女は・・・)
水城の話に聖は戸惑いを隠せずにいた。
北島マヤという教師が、今まで誰も脅かすことが出来なかった速水
に影響を及ぼしているという事実。
小学生の頃からずっと一緒にいた聖だからこそ、彼の変化を見逃す
ことはない。
(もしかしたら、彼女なら、あいつの心を動かしてくれるかもしれない・・・)

水城は、いつも冷静な聖の驚きように微笑んだ。
(彼でもこんな顔をするのね・・・)
今日は珍しいものを二つも見た水城は嬉しそうだ。
新しく増えた教師の存在が、すでに3人に影響を及ぼしている。
「そうなのよ。信じられないでしょ。これからが楽しみね」
「・・・そうですね。僕も彼女の成長にお手伝いさせていただきますよ」
聖は気を取り直すと、マヤが速水を変えてくれるかもしれないという
希望を密かに抱く。

「よろしくね」
「はい」
マヤは平凡な教師だと思っていた水城と聖。
今では彼女の素質が開花するのが待ち遠しくなっている。
二人は再びグラスを合わせると成長が楽しみな新任教師を酒の肴
にして美味しいお酒を味わうのだった。


歓迎会がお開きになる少し前に水城が速水に声をかける。
「速水先生。幹事ですから終わったら北島先生を送ってください」
「えっ。僕がですか?」
「住所は紙に書いてありますから」
と速水に強引にメモを手渡す。
「用意周到ですね」
「ええ。新任教師が代々伝わる洗礼を受けて酔いつぶれてきたのを
毎年見てきましたから」
彼女は微笑むと自分の座っていた席に戻って行った。

自分の手に受け取った紙を見ながら速水は眉間に皺を寄せる。
歓迎会の幹事が大変なのを今まで見てきただけに大きく溜息をつい
た。
(だから幹事なんて嫌だったんだ。自分も新任で紅学園に入った時に
洗礼を受けている。俺は酒に強かったので人に迷惑をかけることはな
かったが。なぜ、こんなことが代々続いているのか。学園長も注意する
ことなく楽しんでいるようだ。一体、何の意味があるんだ? あの人の
考えていることはわからない・・・)

始まりから2時間を経て、ようやくお開きの時間がやってきた。
月影の「先生方、酔っていますので気をつけてお帰りください」
といたわりのある言葉で締めくくられ歓迎会は終わりを告げる。

それを合図に次々と教師達が座敷から席を立ちはじめる。
まだ、飲み足りない黒沼を筆頭とした熱血派の面々が、2次会の場所を
求めて夜の街に繰り出した。







<第3話 前編  END>





2006年02月11日   written by 瑠衣






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