Whirlwind



(原案・設定・構想)
Aileen・kujidon・shima・瑠衣



第3話 歓迎会   後編





幹事の速水は、帰り支度を始めると自分達が借りていた部屋に忘
れ物がないかを一通り確認する。
座敷の隅で酔いつぶれた女性に肩を貸して体を起こしてやる。
完全に意識のないマヤをどうやって送っていこうか考えながら、彼
が座敷を後にしようとした時だった。
速水は、ある女性に呼び止められる。

「速水先生!!」
彼が振り向くと、そこに立っていたのはオンディーヌ学園の教師、
鷹宮紫織であった。
以前から彼女は速水に気があり、偶然を装っては声をかけ馴れ馴
れしく接している。
速水自身は彼女に全く興味が無いので、声をかけられたり、誘わ
れたりしてもそっけない態度で断っていた。
まして今日は、傍らで酔いつぶれた新任教師を送っていかなけれ
ばならない。
紫織の誘いを断る口実になると考えた速水は、マヤを抱きかかえ
ると彼女に当たり障りの無い言葉をかける。
「こんばんは。オンディーヌ学園もこちらで歓迎会ですか? 奇遇で
すね。せっかく声をかけていただいたのですが、僕は彼女を家まで
送らないといけませんのでこれで失礼します」
軽く頭を下げ、その場を立ち去ろうとする速水。

しかし、紫織もそこで簡単に引き下がる女ではない。
速水にお姫様抱っこをされた女性が気にかかり問いかける。
「その方は、どなたですの?」
「この春から赴任してきた新任の教師です」
「まあ、新任の癖に酔いつぶれるほど飲むなんて。速水先生にまで
ご迷惑をかけて、いけませんわね」
「別に彼女が進んで飲んだわけではありませんよ。他の先生方に無
理やり飲まされたんですから。それに僕は迷惑だとは思っていませ
ん」
さっきまでマヤを送るのが面倒だと思っていた速水だが、自然に彼
女をかばう言葉が口から出ていることに気付かない。
ただ、紫織から逃れたい一心で無難に言葉を繋いでいた。
貴女のようにしつこくされる方が僕にとっては迷惑だと言う言葉は、
かろうじて飲み込んで。


同じ店内ではオンディーヌ学園も歓迎会を終えていた。
オンディーヌ学園は小学校から大学までのエスカレーター式で男女
共学の私立の学園である。
紅学園よりも歴史は古く伝統を重んじる学園だ。

ある男性教師と若い女性教師が座敷を後にしようと席を立った。
その時、女性教師が足元を滑らせる。
「舞先生。大丈夫?」
男性教師は、彼女の腕をすぐに掴むと自分に引き寄せた。
「さ、桜小路先生。あ、ありがとうございます」
舞は真っ赤な顔で桜小路の腕の中にいた。
「どういたしまして、良かったね」
彼は爽やかな笑顔を舞に向ける。

二人はオンディーヌの教師で桜小路優と麻生舞。
舞は新任の教師として赴任してきたばかりだ。
彼女は桜小路の腕の中にいるのをいいことに少し酔った振りをする。
彼の腕に縋りつき帰りを送ってもらおうと舞は目論む。

そんな時、紅学園の速水と同僚教師の鷹宮が話をしているのを目
撃し、二人は足を止めた。
オンディーヌでも冷血漢として知られている速水が、女性を抱き上
げていることに驚きを覚えた桜小路は、その女性の顔を見ようとそ
ちらに視線を向ける。
小柄で童顔に長い黒髪の女性は、真っ赤な顔をしたまま眠ってい
た。
今時には珍しい黒髪で華奢な体つき、中学生を思わせるような顔
立ちの彼女。
どれをとっても桜小路の好みのタイプだったので、彼は一瞬で一目
惚れしてしまう。
速水と鷹宮の会話から桜小路は、この女性が紅学園の新任教師
だと知った。

一方の舞は、先程まで楽しく話をしていた桜小路が一点を見つめた
まま動かないことに気付くと、その視線の先の人物を見る。
「あの子。酔いつぶれちゃって恥ずかしいですね」と桜小路に声をか
けてみた。

舞の気持ちなど気付かない桜小路は、マヤの心配をする。
「かわいそうに。あの速水先生が送っていくのか。大丈夫かなあ」
と隣にいる舞の存在も忘れて、ひたすらマヤに釘付けになってい
た。

それを聞いた舞はマヤへの嫉妬を燃え上がらせる。
(何なの、あの子は。同じ新任教師なのに、学園も違うのに、桜小
路先生を一瞬にして虜にするなんて。桜小路先生は私が先に見つ
けたんだから・・・)

舞は彼を好きになった日のことを思い出す。
着任式当日の放課後、学園の中を覚える為にいろいろな場所を見
て歩いていた。
体育館からボールの音や生徒達の声が聞こえてきたのでクラブ活
動の様子を扉からそっと覗いてみる。
中ではバスケットボール部の練習が行われていた。
キュッ、キュッとステップを踏む床の音、ボールの跳ねる音、生徒達
の激しい息遣いの音を聞きながら舞は次第にある人物に釘付けに
されていく。
そのコートの中で精力的に動き、華麗なドリブル捌きを見せ、シュー
トを打つ顧問の桜小路の姿に虜になってしまったのだ。

幸い彼には彼女がいないという事を聞いた舞は、それから毎日のよ
うに桜小路に手作りの弁当を渡してアプローチを始める。
いつも業者の弁当やコンビ二弁当で済ませていた桜小路は彼女の
手作り弁当が美味しいことに甘えて断ることもなかったので舞は安
心していたのだ。
彼は絶対に渡さないわと舞は心の中で呟き闘志を燃やすのだった。


そんな二人とは別に、こちらではまだ駆け引きが続いている。
一刻も早くこの場を立ち去りたい速水と彼を何とか自分のものしよう
と躍起になっている紫織。
表面上では穏やかな顔つきで話す二人だが、内心はそれぞれの
思惑が入り乱れていた。
いい加減に見切りをつけたい速水は、一瞬隙を見せた紫織を見逃
さない。
話は済んだと言わんばかりに紫織に軽く会釈すると足早に店を出
る。

速水は酒を飲んでいるので運転するわけにはいかず、すぐにタク
シーを呼ぶことにした。
車を待っている間に、また紫織が近づいてくる。
「速水先生。よろしかったら私の迎えの車でお送りしましょうか?」
彼女はカトレヤ女学院理事長の一人娘でいつも送迎用の車がやっ
て来るのだ。
紫織は親切で言っているのであろうが強引な彼女と同じ車に乗る
と考えただけで速水は息が詰まりそうになる。
社交辞令を並べるだけでも疲れるのに、狭い密室で紫織のきつい
香水が充満する車内での時間は彼には拷問に等しいからだ。

速水は紫織から目を逸らし、自分の腕の中で穏やかに眠るマヤを
見つめる。
(彼女を抱きかかえているだけなのに安らぎを感じる。
彼女には勝手に言葉が零れてくるから不思議だ。
初めて出会ってから、まだ数日しか経っていないのに・・・)

少しの間、マヤを見つめ考えていた速水だが、やはり紫織の車に
同乗する気にはなれなかった。
(自分で自分の首を絞めるほど俺は馬鹿じゃない)
速水は顔を上げると鋭い眼差しと強めの口調で、きっぱりと断りの
意志を伝える。
「今日は、結構です。車を呼んでいますから」

紫織は速水からの拒絶を受け、さすがに諦めることにした。
執拗すぎると裏目に出るからだ。
「それでは、また今度お会いした時に」
微笑を浮かべ軽く頭を下げると彼女は待たせていた車に乗り込ん
だ。

彼女の車を見送った速水は、ようやく紫織から解放されてホッとす
る。
出来ればここで一服したいのだが、両手が使えないので断念する。
それから、しばらくして頼んでいたタクシーが横付けされた。
運転手に水城から貰ったメモの住所を伝えると車がゆるやかに発
進する。
座席に腰を下ろすと張り詰めていた緊張が一気に解けた。
そっと眠っている彼女を見つめると二十歳を過ぎた女性なのにあど
けなさが残っている。
「やっぱりチビちゃんだな」と口元を緩めて呟いた。
闇の中を走る車の外の景色に目をやると、いつの間にか見慣れた
風景を見つける。
どうやら彼女の住んでいる所は、速水の自宅の帰り道にあるようだっ
た。

目的の場所に到着するとゆっくりとドアが開く。
少し待っていてもらうようにお願いして、彼女を抱きかかえ外に出た
速水は目の前に建つアパートを見て驚いた。
(住所を言って着いたのだから、ここが彼女の住んでいる所なのだ
ろうが)
「それにしても・・・。今時こんな建物が、まだ存在するんだな」
速水は珍しそうに呟いた。
築何十年であろうか、今にも潰れそうな古いアパートだったのだ。
(最近は物騒な世の中なのに若い女の子がこんな所に住んでいる
のか?)
大丈夫なのかと気になりながらも、いつまでも彼女を抱きかかえて
いるわけにもいかないので、速水は声をかけることにした。

「おい。チビちゃん。起きろ。君の家に着いたぞ!」
「う〜ん。まだ、ねむ〜い」
「何を寝ぼけているんだ。さっさと起きろ!!」
速水は深夜ということもあり、あまり大きな声で叫ぶことが出来な
いのを忌々しく思う。

きつい口調に促されたマヤは、ゆっくりと目を開ける。
まだ頭の中は眠ったままだが自分の体勢がおかしいことに気付く。
(だ、抱きかかえられている!?)
そして自分の瞳に映った人の顔を見て面食らった。

「は、はやみ先生!!」
マヤは一瞬にして目が覚めた。
「やっとお目覚めか。チビちゃん!」
速水は口元を緩めている。

「あ、あたし、一体?」
マヤは何故、彼が家まで送ってくれたのか分からない。
飲みすぎて記憶が無かったのだ。
「君は、歓迎会で飲みすぎて酔いつぶれたんだよ。飲めないのに
無理して飲むからだ」
「す、すみません。それで、速水先生が送ってくださったんですか?」
「ああ。俺は今回の幹事だからな。ところで、そろそろ下ろしていい
か?」

冷たいと噂されている速水が幹事とはいえ、自分を家まで送ってく
れたことにマヤは驚いていた。
「あ、はい。ごめんなさい」

速水は、そっと彼女を足から下ろしてやる。
「今日は、ゆっくり休むんだぞ。どうせ、朝起きたら二日酔いだろう
からな。明日が休みでよかったな」
「は、はい」
速水の言葉に優しさを感じたマヤは、戸惑って返事をするのが精一
杯だった。

「それじゃあな。チビちゃん」
「あ、ありがとうございました」
今度は失礼がないようにとマヤは速水に深々と頭を下げた。

待たせていたタクシーに足早に乗り込んだ速水は、彼女の姿を横
目で見ながら運転手に声をかける。
「お待たせしました。行ってください」

マヤのアパート前から、ゆっくりと車は動き出す。
長い時間、彼女を抱きかかえていた速水にふと喪失感が漂う。
母が亡くなってから感じることが出来なかった安らぎを彼女から与え
られたことに速水は困惑していた。
自分の両手を見つめたまま、先程まであった温もりや重さを思い出す。

フッと速水は苦笑する。
(俺はどうかしているな。
人に心を許さないと決めた自分が彼女に対して安らぎを感じるなんて。
そんなに飲んだつもりはないのだが、俺も酔っ払っているようだ。)
速水は目を瞑るとシートに体を預け家路までの道のりの間、穏やかな
眠りにつくのだった。
自分の中で彼女の存在が少しずつ大きくなっていることも気付かずに。







<第3話 前編  END>





2006年02月15日   written by 瑠衣






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